命のことば2
なんばの高島屋前で、大阪維新の会の市会の方々の街頭演説がありました。ビラ配りなどお手伝いをしに行って来まして、事務所に立ち寄りました。記載しておきたいことがあったので。
このブログを始めたのは、開放骨折で入院しているときでした。さかのぼってもらえれば、その当時のブログを読んでもらえます。
『命のことば1』を記載していて、「もしかして・・・」と思うところがありまして、自分の記憶を辿りながら書き留めておきたいことがあります。
入院や手術は、大きな病院2つでした。当初の日赤和歌山、その後の大阪市大。
どちらの病院でも同じでしたが、余命幾ばくもない方から励まされることが多かったんです。明るくて、元気が良くて、楽しくて。命が輝いていると感じました。とても、命が尽きようとしているようには、思えませんでした。私の方こそ、そういう方々を励ますべきなのに・・・。これは、個人的な性格なんだろうなと勝手に思っていたんですが・・・。もしかしたら、違うかも・・・。
『命のことば1』で記載した出来事、「末期だからこそ、輝く人生がある!」という言葉。
私が病院で励まされた余命幾ばくもない方々は、考え抜いて、最後の最後に、自分が出来ることをしていたんじゃないだろうか?余命を宣告されて、「明るくて、元気が良くて、楽しくて」という人、いるわけないですよね。もうこの病院から退院することもない、せめて最後に何が自分に出来るのか、周りにいる入院患者を励まして早く退院できるように励ましてやろう、そう思ったんじゃないだろうか?
私の部屋のベッドまで来てくれて、励ましてくれた。
このブログでも入院中に記載したと思いますが、そういう方々は、本当に輝いていた。「輝く」という言葉を、私もこのブログで使った。
今の私は、回復して、通常の生活を送らせて頂いているけれど、そして、退院してしまい、励ましてくれた方々の今を全くしらないけれど、もう足を切断しなければならないという時に、そういう方々に方々に励まされて、今の自分があることを忘れちゃいけないと思いまして、自分のために、今日は、このブログを記載しておきます。
最近のコメント