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2008年12月

2008年12月31日 (水)

とうとう大晦日 よいお年を

 平成20年12月31日、平成20年、2008年が暮れていこうとしています。今年は、私の人生で、初めて骨折し、それが骨が肉を突き破って外に出てしまう開放・粉砕骨折の重傷で、初めて救急車に乗り、初めて手術をして、初めて入院をしました。季節は夏の終わり、その後、5回の手術を経て、とうとう大晦日。

 幸せのハードルが、すごく低くなりました。今日生きていることに、感謝します。病院内では、生き死にが非常に身近にあり、人々の苦悩が渦巻き、覚悟し達観した人々も見かけ、さまざまんことを考えさせられた日々でありました。

 来年は、この経験を糧にいい年にしたいと思います。みなさまも、よいお年を!

2008年12月30日 (火)

入院患者さん激減

 一気に、入院患者さんがいなくなりました。みんな外泊許可をとり、正月を自宅で迎えるため帰宅しています。病室から食事を回収するトレーを廊下で見かけると、むちゃくちゃ少ない。この階は16階なんですが、ほとんど入院患者さんがいない。

 私の病室は、4人部屋なんですが、すでに2人がいなくなりました。私のように年越し・正月を病院で迎える人はどれくらいいるのだろうか?結構、さみしくなってくる。

2008年12月29日 (月)

身軽になりました!

 本日は、縫ったところすべて抜糸しました。それから、夜の点滴で、点滴が終了し、この4カ月ずっと体に刺さっていた点滴の針が、抜かれました。体が、身軽になりました。明日から、錠剤です。

 外泊許可は、1月2日から6日まで許可されました。久しぶりに、自宅に帰ります。年越しは、病院で越すこととなりました。かなり残念ですが、こんな経験もすることはないだろうと割り切り、病院での年越しを楽しんでみます。

2008年12月27日 (土)

閑散

200812272045000_2  病院は、仕事納めに入り、閑散としています。外来はなく、入院患者も外泊許可が出る人はどんどん帰宅しているので、大きな病院内で人が非常に少ない。

 写真は、いつもは人でごった返している病院ロビー風景。

 医師は、日中に来る人もいれば来ない人も。看護師さんも、のんびり。私の病室は4人部屋で、まだ4人ともいます。昨日手術した方が、2名。しかし、ほとんどが外泊許可が出るようです。私は、まだ未定。

 治療としては、一日2回の抗生剤の点滴と血液をサラサラにする飲み薬朝2錠のみ。日にち薬で、とにかく安静に過ごすのが、現在の治療。

2008年12月26日 (金)

仕事納め

 平成20年12月26日、年の瀬を迎えました。今日が仕事納めの業界は多いようですね。私の入院している大学病院も公立ですので、今日が仕事納め。明日から、外来とオペがなくなる。入院患者も、点滴などルーティンのものだけに限られる。

 いつになれば帰れるんだろうか、4か月も家にも帰れていない。しかし、帰れる家がない方々がこの年末はたくさんいらっしゃるようだ。

2008年12月25日 (木)

クリスマス

Nec_0042  とうとう、クリスマスを迎えてしまいました。病院の入口には、大きなクリスマスツリーが飾られています。

 和歌山の病院にいる頃、「まさか、年明けることはないやろうな~、いやいや、桜の頃かもよ~」と、お見舞いに来てくれた方々と冗談を言ってまっしたが、冗談じゃあなくなってきました。医師は、それだけ重症だということだと。

 多分、正月の外泊を可能とするため、医師の方々は色々と取り組みを行って頂いております。私の方は、正月よりも、正月明けの行事への出席を重要に考えていて、これだけ外泊をしたいと内々に伝えておりましたが、連続で何日以上はダメだという規定があるらしく、すべてに出席するのは無理な模様。

 五体満足の頃には、見えなかったこと、気付かなかったこと、感じなかったこと、今新たに、見えてくること、気付くこと、感じることを新年から心新たに活かしていきたいと思います。

2008年12月18日 (木)

第5回目の手術から8日目

 手術後、今日で丸一週間が経過し、8日目に突入。ずっと、絶対安静のベッド上のみの生活。大便から小便、歯磨きから髭剃り、体を拭くことから、すべてベッド上で済ませます。要は、寝たきり生活です。

 これが何ともストレスが溜まるのです。術後のこの一週間は、手術の麻酔や麻酔が切れてからの痛みなどなどで、3日間くらいは過ぎていくのですが、だんだんと回復をしてくると、動きたくなり、煙草を吸いたくなり、ずっと寝たきりでいるのが大変になってきます。

 手術をした怪我の患部ですが、3~4日前から、皮弁手術個所の肉の色が悪くなり、担当医師などが3時間に一度見に来てくれ、いざとなれば緊急手術を行う状況でありましたが、点滴の内容や量を変えることで何とかクリアし、本日は色も非常に良くなったと。

 が、しかし、車いすなどに乗れば、移植をした境目ですぐに血栓ができて壊死がはじまるので、まだ当分の間、ベッド上生活が続くとのこと。

 回復してきて、これからの一週間は、術後の一週間とは比較にならないほど辛くストレスのたまるだろうと思います。入院生活も、今日で120日を迎えます。一年の3分の1を病院で暮らしてきました。それでも、ベッド上のみ生活は辛いんです。車いすで、顔を洗いに洗面所に行く、トイレに行く、シャワー浴に行く、これらのことは、ほんの短い時間ですが、これが出来るのと出来ないのでは

2008年12月14日 (日)

5回目の手術から4日

Nec_0049  12月10日(水)に、この入院生活で5回目の手術を行いました。今日は、14日(日)。術後、4日も経過していました。痛みとベッド上のみの絶対安静。

 血栓が出来ると、移植した肉が死んでしまうので、担当医は、昼夜問わず、3時間に一度患部を見に来て、詰まればすぐに対処するとのこと。今のところ、順調の模様。

 患部は、左足首。血管付きで持ってきたのは、右足ふともも。

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 とにかく、痛い。あっという間に、4日が過ぎた。当日含め3度壊死しているので、今度こそ成功してほしい。

2008年12月 9日 (火)

手術前日

 本日は、府庁へ。12月定例会に出席。平成19年度の一般・特別・企業会計決算の採決。報告19件、議案2件。一般会計と公債管理特別会計を不認定。これは、昨年末から今年年始に問題になった借換債の増発で。議会全体も不認定。その他は、賛成、認定しました。議会全体も同じ。

 病院に帰ってきてから、明日の手術の準備。両足の毛を剃り、シャワー浴。術後は、かなり長い間、ベッド上のみの生活。トイレ大もベッド上。つまり、絶対安静に突入するので、ベッドで寝たままで手の届く範囲に必要なものを配置、足りないものを下の売店へ買出し。

 担当医は、学生時代に網膜剥離で、7日間、頭を固定され両目を塞がれたままで、ベッド上生活を経験したそうだ。「あなたも、すさまじいストレスを感じるだろうが、がんばってくれ」とのこと。寝たままになるので、かなり体が痛くなるらしい。その間、何をして乗り切ったのか?と聞いたところ、夏だったので、高校野球をラジオでずっと聞いていたと。

 まだ私は、両目が開いてられる分楽らしい。しかし、長くベッドで寝たまま動いてはいけない生活が始まる。トイレすら、ベッドの上。大便もよ。

 その他、昨日同意署名した全身麻酔同意と手術同意のほか、今日は、輸血と薬の同意書名。これは、リスクがあるため。

2008年12月 8日 (月)

手術の説明

 あさっての12月10日に、5回目の手術を行います。

 それで、本日は、手術のための検査と説明がありました。

 昨日も書きましたが、朝食、昼食と絶食で、血液検査2回、リハビリ、レントゲン、CT、ガリウムシンチ、下肢血管造影、点滴3回、麻酔科受診・手術時の麻酔説明、10日の手術説明、シャワー入浴、がありました。まったくベッドにいなくて、病院内を行ったり来たりして、検査を受けていました。

 麻酔科からは、全身麻酔を行なうとのこと。今までの4回の手術で、うち3回は全身麻酔だったので、あまり不安はありません。

 担当医からの手術の説明では、骨は8割から9割がたついているようだと。菌についても、ほぼ大丈夫。問題は、肉。

 左足が患部なのですが、今回肉を持ってくるのは、右足太ももからとなりました。

2008年12月 7日 (日)

見舞

 昨日、今日と、いつもより多くの方々に、お見舞いに来て頂きました。忘年会等で、大阪市内まで来るついでに、寄って頂いています。ありがとうございます。

 本日、地元で開業されているお医者さんが見舞いに。子どもの頃から、外科的な怪我をしたら学校から運ばれて、診察してもらっていました。地元では、ほとんどの人がお世話になっているんだろうなと思います。

 さて、この先生、この大学病院出身で、昭和40年代はここの外科に勤務。朝6時に尾崎駅を出て、新今宮駅から走って、8時から手術という生活だったな~と懐かしげにお話しいただきました。「開放骨折は、時間がかかるね」と。

 怪我で入院していなければ、改まってこういう話も聞けなかっただろうなと思います。

 この土日は病院はお休みなのでゆっくりしていますが、明日はハード。

 朝食、昼食と絶食で、血液検査2回、リハビリ、レントゲン、CT、ガリウムシンチ、下肢血管造影、点滴3回、麻酔科診察、10日の手術説明、シャワー入浴、があります。入院生活で、手術を除いて、最もハードな1日になりそう。

2008年12月 6日 (土)

点滴

200812060934000  点滴は、入院してからずっと続いています。内容は、その時々に応じたものになりますが、今は抗生剤で菌を潰しているところ。

 昨日まで、セフマゾン2回/1日、バンコマイシン2回/1日だったのが、チエナム2回./1日、バンコマイシン1回/1日に変わりました。細菌を培養して、存在する細菌に対応して変更しています。投入量は、採血で血中濃度を調べて、菌に効く濃度になるよう投入されます。

 整形外科は、手術と点滴とリハビリ、日にち薬がすべてに思う。

2008年12月 5日 (金)

今までの傷口やメスの入った箇所 一挙公開

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骨シンチ、ガリウムシンチ

本日、前回の手術前に行った骨シンチの注射と検査、ガリウムシンチの注射を行いました。ガリウムシンチは、注射をしてから3日後に検査を行います。だから、月曜日。

私の場合、左足患部の細菌がどうなっているかを把握するために検査しています。血液検査の結果は、炎症反応が前回よりも少し減った程度。医師は、もっと数字が低くなることを期待していたようだ。

骨シンチ、ガリウムシンチって何だろうと、HPで検索して調べてみました。検査室にも啓発用のポスターがあったので、参考にして記載します。

骨シンチやガリウムシンチは、「核医学検査」という部類に入る検査で、検査用の薬を飲んだり注射した後に、体の外から検査用のカメラ(CTみたいなやつ)で撮影して体の臓器のかたちや病気の有無を調べる検査。薬の中にはラジオアイソトープという物質が入っており、そこから出る微量の放射線を目印にして、体の中のことが分かる。

 骨シンチグラフィで、何が分かるかというと、全身の骨のようすを写真にとって、がんの骨移転、外傷等による微小骨折など、X線検査では分かりにくいさまざまな骨の状態を詳しく調べることができる検査。治療の前後で調べて治療の効果をみたり、疲労骨折や骨粗しょう症による骨折を早期に発見したりするのに用いられている。

 放射線の影響は、ごく微量であり心配ないとのこと。X線検査とほぼ同じ程度。

病院の食事

200812050814000  食事は選択できます。私は、朝はパン食。ついこの間まで、ごはんに味噌汁の朝食を選択していたのですが、変更しました。とにかく腹が減って、地下にある売店やお見舞いで頂戴したお菓子を食べて、体重が増えてしまいました。隣のベッドの方から、「病院食だけで十分。パン食にして、朝食べずに残しておいて、お腹が減った時に食べれば。俺、そうしてるよ。」とのこと。いいアイディアだなと思い、採用。今日の朝食は、パン2つ、バター・ジャム、牛乳、ゆで卵。日々替わるのは、バター・ジャムが食パン2つのときには2つ付いてきます。あと、ゆで卵が、野菜サラダや果物に替わります。

200812051203000  昼ごはんは、写真の通り。ごはんの量は、「小」にしています。

 晩ごはんは、昼より少なめです。多分、昼ごはんが一番ボリュウムのある感じ。

 以前は、デブの典型である、早食いであり、カレーは飲み物だと思っている人間の一人だったのですが、今は出来るだけ時間をかけて食べるようにしています。50回以上は噛むようにしています。

 ジャバにいらっしゃるみなさんにとっては、かなり少なく質素な食事だと思います。以前の私なら、前菜くらい。今は、1日の消費カロリーが圧倒的に少ないので、この食事以外には食べないように気をつけています。水分は、水以外は飲まない。

 松葉杖がしんどいと、昨日、記載しましたが、多分、体重が重くて、腕で支えるのが辛いのだろうと思われます。とにかく、病院食を信じて、これだけしか食べない生活。体重は、あまり変化していませんが。

2008年12月 4日 (木)

松葉杖は、結構しんどい・・・

 車いす生活が長くなると、松葉杖で軽やかに移動する方がうらやましくなります。自分も松葉杖を使いたいと切望するようになります。

 がしかし、実際に松葉杖を使うようになって、何としんどいものかと思います。リハビリの先生からは、慣れてきたら楽になるよと言われてますが、今は辛い。少し移動するだけで、汗が噴き出してきます。今まで長い間、寝たきり同然でしたから、他の筋力も落ちているためだと思うのですが。

 話は変わりますが、府庁へ行くのに、スーツを着ました。ズボンの腰回りがぶかぶか。ワイシャツは首周りがぶかぶか。全体的に、スーツがぶかぶか。多分、少し痩せたかも。

200812041707000  本日の傷口。今日は、一番きれいな色をした肉でありました。骨まで見えているところは、あいかわらずですが。

 それから、11月19日の前回手術で縫い合わせた糸を抜きました。着々と、12月10日の手術に向かってます。

 担当医と本日の外出について話す。こんな事がなければ、庁舎のバリアフリーを調べることもなかったねと。病院での入院経験を今後活かしてくれとのこと。了解!

外出 大阪府庁へ 車いすの使用を確認へ

200812040717000  いつも通り、朝から患部の細菌をつぶすための抗生剤を2つ点滴のはずが、またしても、点滴が流れない。漏れているか、血管に入れっぱなしになっている針先で血液が凝固しているか。

 今回は、針先で血液が凝固。写真は、抜いた直後の針。凝固しているのを無理やり押しだせば、血栓と同じで、血の塊が毛細血管で詰まってしまう可能性があるので、差し替え。漏れるというのは、何らかの理由で血管の外に点滴の液が出てしまうこと。漏れてしまうと、その箇所がはれ上がり、そものうち、豆粒のようなしこりができて、そのうちなくなっていきますが、すごく痛い。

 とにかく、点滴の針が血管に入りっぱなしというのが、不気味。松葉杖や車いすで腕を動かすので、針先が血管を傷つけて、漏れる原因となる。入れるときも、針が太いので痛い。4回目の術後から、すさまじいペースで針の差し替えをしています。

 さて、本日のメインイベントは、府庁への登庁。車いすも松葉杖も持って、タクシーに乗り、府庁へ。谷町2丁目の交差点から大阪城に向かうと、知事公館があって、郵便局があって、府庁の中庭に通じる入り口。中庭までタクシーを入れてもらい、車いすが通れるスロープへ。館内に入れば、全く段差がない。1階には、多目的トイレもあります。車いすで入れるトイレを多目的トイレと言ってます。

 今度は、エレベーターに乗って、2階へ。会派室まで段差なし。

 その後、議場に向い、自分の議席まで向かったが、気が抜けるくらい段差なし。議員さんや事務局の方々と現在の状況や今後についてお話し。

200812041409000  帰りは、府庁本館の正面玄関から出ました。こちらはスロープではなく、車いすを乗せて床を電動で上げ下げできます。そこからタクシーに乗り込んで、病院へ。

 府庁本館は古いので、バリアフリーはされていなくて、車いすではさぞかし不便だろうと、勝手に思い込んでいたのですが、何とその全く逆で、拍子抜けしました。完全なバリアフリーです。

 来週から始まる定例会のために、車いすが使えるか確認に行ったのですが、全く不安なしという結論。

2008年12月 3日 (水)

松葉杖

200812031105000  今まで、松葉杖を使うのは、リハビリの時間だけでしたが、病室に持って帰ることが許されました。

 松葉杖だけで歩行するのではなく、装具を付けなくてはいけません。今のところ、左足への負荷はゼロ。体重を乗せると、折れてしまう。装具は、快適なものではなく、ひざで自分の体重を支えることになるので、非常に痛みが伴います。また、肉をひざ側に引張るので、患部に痛みが生じます。しかし、ひざで体重を支える仕組みなので、患部への負荷はゼロになります。

 移動するため、写真のように、車いす、装具、松葉杖が、今、私の病室にあります。

 これも、12月10日の皮弁手術まで。皮弁手術は、肉を移植するので、術後、血流が最大のポイントになります。血流が悪ければ、また、壊死してきますので、患部をある程度圧迫してしまう装具は術後当分の間、使用できない模様。装具が装着できなければ、松葉杖も使えません。

 ところで、皮弁手術は、通常で成功確率95%といわれています。前回は、この5%に入ってしまいました。足首は、誰でも肉付きが悪く、前回は骨折した骨を固定するための金具の上に移植したので、金具の上の肉は更に定着が悪くなるので、成功確率を下げる要因となっていました。今回は、ある程度骨が固まってきたので、前回の手術で金具を外しましたので、成功確率95%。成功することを祈っています。

 どこの肉を取ってくるかは、まだ決まっていません。候補は、健康な右足ふくらはぎ、脇の背中側、足のうら、など。いずれにしても、皮膚移植ではなく、血管付きの肉を移植するので、肉を取られる側に障害を生じます。

 前回の皮弁手術では、左足ふくらはぎから肉を取りました。その障害は、足の左サイド、足の小指から足首にかけてのラインの感覚が50%以下に落ちました。肉を切り取ってくるということは神経を断絶します。神経はその部分だけに影響するのではなく、離れた肉体の箇所を鈍らせます。

 5回目の手術までは、松葉杖を使いこなそうと思います。

2008年12月 2日 (火)

外出許可証

 五木寛之さんの最近の著書、『人間の覚悟』に、「入院した患者は囚人である、と覚悟する必要がある」とある。かなり実感する文章。

 本日、12月10日の皮弁手術までに2日分の外出許可を、入院後、初めてもらった。もらうまでに、かなりの紆余曲折があった。簡単に、入院患者が外出できると思っていたら、大間違いです。

 医師は、今でも心配している。「動ける患者さんに対して、健常者は動けるから問題ないと判断するもんですよ。善意の人ばかりじゃないですよ」と。

 その気持ちは、よくわかります。けがをして間もない頃、一回目の手術後くらいでしょうか。まだ、骨も全く固まっていない頃。エレベーターに乗ると、車いすで片足を挙げている私の足に、荷物を置いたおばちゃんがいた。また、折れたかと思った。

 一階の外来患者さんが溢れているところでは、平気で足にあたってくる。車いすを押していくれる上さんや友人ですら、私の足が壁にぶつかっていても、気付かずに車いすを押し続ける。エレベーターで善意で車いすを動かしてくれたおばちゃんは、これも壁に足が当たっているのに無理やり動かそうとして、これもまた折れるかと思った。

 健常者の世界と五体不満足の我々とは、住む世界が違う感じがしています。いつも、「どうして気付かないんだ!」と心の中で叫んでいます。退院まもない方々に、医師は、「杖を使って、目立つようにして下さい」と言っています。車いすでも気付いてもらえない世の中で、杖では弱いなと思いながら、それでもやらないよりはましかとも思う。

 それに、骨もまだまだで、体重をかければ、また折れてしまう状況です。傷口は、骨が見えている状態ですし。医師に言われなくとも、自分が一番恐怖を感じていますが、とにもかくにも、初めての外出許可証をもらいました。行先は、当然府庁です。本当に、気をつけて行ってこようと思います。

2008年12月 1日 (月)

松葉杖 初体験

Nec_0001  入院92日目、本日のリハビリで、初めて松葉杖を使いました。92日ぶりに、自分で『歩く』という感覚を味わう。60メートルを松葉杖と装具を付けて歩きました。

 これまで、何も付けずに平行棒で腕と右足だけでの訓練。その後、装具を付けて、平行棒での訓練。そして、本日、装具と松葉杖で平行棒なしの訓練とやってきております。

Nec_0010  先週は、装具が出来上がって、初めて装着し、平行棒を使って、歩く練習。自分の足で立つのが久しぶりでした。

Nec_0002  これが、本日の傷口。開放骨折で、肉が壊死。現在まで4回の手術を受けて、肉の移植(皮弁手術)も行いましたが、また壊死し、その部分がぽかりと空いているのが分かると思います。壊死した部分は、骨まで達しており、ちゃんとみれば、骨が見えます。乾燥すると骨は死んでしまうので、塗り薬を大量に幹部に入れています。

 壊死部分を埋めるために、もう一度、肉の移植(皮弁手術)を行います。これが、今のところ12月10日に予定。

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